アメリカの神経科学者スティーブ・ラミレスは、マウスの脳を光で操作して“偽の記憶”を作り出したことで知られます。2013年の実験では、特定の記憶に関わる神経細胞(エングラム)を標識して後から再活性化し、マウスに本来経験していない恐怖を「記憶」として抱かせました。実際に行ったのはマウス実験で、光で細胞を動かす「オプトジェネティクス」という手法です。オプトジェネティクスは、遺伝子で光に反応するタンパク質を導入し、光で神経活動をコントロールする技術のことです。
この話が普通ではない理由は、記憶が「抽象的な心の働き」ではなく、脳の特定の細胞集団に物理的に刻まれているという考えを実験が支持した点にあります。ラミレスらはそのエングラムを見つけ、意図的に再活性化できたため、記憶の“中身”を操作する道筋を示しました。
一方で重要なのは、確認されている事実と未解明の線引きです。元実験はマウスを対象としており、人間で同じことができるとは証明されていません。技術的ハードル(人間脳への安全な遺伝子導入や精密な細胞選別など)や、倫理的問題(誰が記憶を書き換えてよいのか、誤用の危険)も大きく残ります。ラミレスは自身の著書(How to Change a Memory)で、臨床応用の可能性としてPTSD(心的外傷後ストレス障害)や認知症の治療への示唆を語る一方で、ガードレールの必要性を強調しています。
現時点で確かに言えるのは「脳の一部の細胞が記憶に重要な役割を持ち、マウスではそれを操作できた」という点までです。人間応用は研究段階を超えておらず、社会的・倫理的議論と慎重な規制作りが不可欠です。日本の読者にとっては、「記憶が物理的に書き換え可能かもしれない」という発想自体が衝撃的でしょう。事実はマウス実験に限られること、将来の応用に関しては多くが未確定であることを押さえて読むべき話です。
※ アイキャッチ画像は記事内容をもとにAIで生成したイメージです。